第一章

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愛紗は怒っていた。 いや、怒り狂ってと言うべきか。 名を関羽、字は雲長。真名を愛紗という。 凛としたはずの顔付きは般若の様で、後ろで一つに結った艶やかな黒髪は蛇の如く蠢いて見える。そして相棒と呼べるそれ、青龍偃月刀を凶器として片手で強く握り締め、地鳴りすら聞こえて来そうな程の重々しい足取りで進む。 その姿は、ギリシア神話に登場するメデゥーサに近い。 何が愛紗をそこまで怒らせているのか。それは当然、彼女の主が原因である。 一刀が部屋を抜け出した数分後、その近くをうろつく少女がいた。もちろん愛紗だ。 彼女は自身が受け持つ部隊の訓練を終え、漸く一段落したところでふと思った。今日はまだご主人様の顔を見ていない、と。 共に忙しい時であれば仕方なく、夕方になって何とか話せた、ということも稀だがあった。その時は夜にまた、別の用件で部屋を訪れたりもしたが。 ともかく、愛慕する一刀の顔を見ずに一日を終えるなど、愛紗にとってはあってはならないことだ。それを指摘すれば――一刀曰く、ツンデレである――愛紗は意地を張ってそのまま自室に戻り身悶えるだろう。 今回はそれをする人物がいないため、素直とは言い難いが主の部屋へと向っていた。偶々暇が出来たから、ご主人様が怠けていないか見に、そう自分に言い聞かせて。 そして部屋の前まで来たは良いのだが、入るのを憚ってしまう。 仮に入れたとしても、「どうした?」なんて聞かれたら答えられずそのまま帰ってしまいそうだ。考えていた言い訳すらも思いつかずに。 迷った挙句、愛紗は一つの結論に達した。
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