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「ご主人様に昼食持って行こう」と。丁度昼時であるし、朝からずっと働いておられる。恐らくはお茶すらも飲んでいないのではないか。
そこからの行動は早かった。厨房へ向い、中華鍋を振るう。込めた気迫は鬼人の如く、込めた愛情は聖母の如く。
そして出来上がった『何か』を皿に盛り、その『何か』を持って厨房を出た。
因みに、厭くまでも因みにであるが、愛紗の使った中華鍋はその後直ぐに捨てられた。理由としては、用具として機能しなくなったから。そしてまた、事件発生時厨房にいた料理人数名が、謎の吐き気の眩暈に襲われたことを記しておく。
閑話休題。
『何か』が乗った皿を両手でしっかりと持ち、嬉々として一刀の部屋へと向う愛紗。その道すがら、彼女の知らぬところで色々と起きたのだが、割愛。
部屋を訪れる口実と、彼女の言うところの『自信作』を喜んで貰える二つが一辺に出来たのだ、嬉しくもなる。
「ご主人様、昼食をお持ちしました」
部屋の前に到着した愛紗は単純に、しかし多くの想いを含ませた一言。
普段の彼女であれば、気付いただろう。しかし、今の彼女はかなり気が緩んでいる。そのため、中の異変に気付かなかった。部屋の向うから感じられるはずの気配がないことに。
返事がない事に首を傾げながら、皿を片手で支え戸に手をやる。
開けた扉の先に待っていたのは、彼女を気遣う優しい声でも、彼女が慕う主の姿でもなかった。
そこにあったのは、高く積み上げられた木簡のみ。聡い愛紗はそれだけで全てを察した。
「ごご、ご、こ主人様ぁぁあああ!!」
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