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「いや、ご主人様を捜しているのだが、見かけなかったか?」
ここに来るまでの間で落ち着いたのか、愛紗は幾分冷静にそう尋ねた。ただ、危険な雰囲気は携えたままだ。まるで、これから戦にでも行くかのような。
そこで一刀は思い出した、自分が政務を抜け出しここに来ているということを。そうするとどうだ。光輝く天使だった愛紗が一変して、悪魔のように見えてきたではないか。
背中の翼は凶悪に形を変え、光は黒く辺りを闇にして見せた。
一刀はとっさに星の後ろに身を隠した。彼より星の方が小柄なので、当然隠れることなど出来やしない。本人も重々承知しているだろうが、今の一刀なら子供の後ろでも構いやしないだろう。
それを捉えていた愛紗は、星が答えるよりも早く声を上げ彼の服を掴んだ。
「ご主人様、こんな所に居られたのですか!」
掴んだ服を強く引っ張り、自分の方へと引き寄せた。二人の間にいた星に、引き寄せられた一刀が強くぶつかる。それに文句を言う星ではあったが、どちらもそれどころではないので気付かなかった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
両腕で顔覆いながら必死に謝る一刀。怒鳴られると身構えて待つも、一向に声が聞こえてこない。
いつの間にか閉じていた目をゆっくりと開き、顔の前にあった腕も少しずらす。
一腕の隙間から見る愛紗は、瞬きもせずに固まっていた。口は妙に開いた状態だが、これは声を張り上げようとしていたからだろう。
その様子は、一刀に限らず後ろにいた星も怪訝そうに見ていた。
突如止まった愛紗を見て、電池切れ?などと頭の悪いことを考える一刀だったが、それを口にするよりも早く、愛紗が硬直から戻った。
「もも、申しわけない。人違いのようでした」
そう言って掴んでいた慌てて離すと、一歩間を取るようにして下がった。
この展開は予想していなかったのか、愛紗の反応に戸惑う一刀。しかし、こういう時に限っては頭の回りが早いのも彼だ。
「気にしないで下さい」と至って平静であるかの様に答えてみせた。
この様子、もしかしなくても愛紗は俺だと気付いていない?そう一刀は考えるが、その通り愛紗は目の前の男が、目を血眼にして捜していた人物だと気付いていない。そうでなければ「申し訳ない」などと言うはずもなく、既に酷い目に遭っているはずだ。
何とか公開処刑は免れた、と胸を撫で下ろした一刀。そして彼はすかさず――。
もう一度、星の後ろに隠れた。
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