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「あったあった。これだな。ずいぶんと探したぞ」
女性はあの本を手にとりながら、そう言った。
黒髪が背中まで伸びており、顔立ちもわりと良く、170はありそうな体からは魅力が溢れており、昔風にいうと「いとをかし」と思わずにいられない風貌である。
俺はというと、少し離れた所で本を読んでいる。
おいおい、まさか買ってしまうのか。普通は買わないぞ、あんな古びた本を。定価3500円だぞ。つまり、公衆電話に換算すると単純計算で350回電話できる。長電話できるんだ。よく考えろよ。
そう念じながらも女性は本を手にとり、レジの方向へと向かっていき……
そのまま店を出ていった。
「うぉい!」
そう。彼女はお金を払わないままドアを開け、店を出て行ったのだ。この間約3秒。
こんな万引き見たことない。
そんなことを思いながらも俺は『浪速の万引き女』。もとい、黒髪の彼女を追うことにし、本屋の扉を開けた。
「万引きはいけないと思いますよ。」
言葉を言い終えるとほぼ同時に俺は彼女の後ろ肩を叩いた。気づいたように振り返る彼女。宙を舞うその黒髪。そして……
やはり、だ。可愛い。
彼女の凛とした目は俺の体を睨みつけており、彼女の顔を丁度真正面で向かいあうような形となる。
なんか……なんか言わないと……
こんなにも女の子と向き合ったことがない俺は、それ以上何も言うことができず、ただただ沈黙が流れていった。
近くの駅からは仕事に疲れたであろう人達がでてきており、夕日は彼女の黒髪をオレンジ色に染めている。
それにしても、どうして彼女みたいな人が万引きをするのだろうか。これには深い訳があるに違いない。きっと本当は誠実な子で気品のある口調なんじゃな――
「何だ貴様は。殴られたいのか?」
ゴメン前言撤回。
しかも、もう殴ってるしね。
俺は宙を舞ってるしね。
意味わかんないしね。
そう思いながらも、彼女が放つきれいな右ストレートをくらった俺は、これまたきれいな放物線を空中に描きながら地面に転げ落ちていった。
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