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美濃から尾張へ向かう前に腹拵えをするため入駒屋に向かった、入駒屋は情報収集の為に何度か訪れた場所で顔を知る人間も少なくない。
「何だあんたかい、今日は何の用事で来たんだい?」
女将の綾乃は煙管を吹かしながら、不満そうな顔をこちらに向けた。
「実はな今日はただの客として参った次第。情報をくれなど言わぬ……」
綾乃はじろじろとこちらの顔を覗き込み、胸の内で頷くと「来な」と言い、奥の部屋に通してもらった。
「どうやら絡繰りが役に立っておるようじゃな」
「当たり前さ、いろんな商売してるからね。隠し事の一つや二つは必要なのさ」
平八郎が部屋を見渡すと、見るからに風体の悪い連中が賽子(さいころ)を振る音が聞こえて来た。
「たまには、あんたも掛け無いかい?」
「止めておくよ、それよりこの部屋で寝ろと?」
「当たり前だろ、あんた、脱走したんだって?さっき、甲賀の連中が来てたよ」
「これは申し訳ない」
頭を下げると「っち」と言って、部屋に鍵を締めて見張りを付け店に戻って行った。
綾乃は三十歳でこの店の女将になり、前女将時代より稼げる美人女将として巷では有名な存在だった。
「おっ兄ちゃん、俺達と掛けないか?」
「申し訳ないが、何分金子を持ち合わせておらん」
「あはは、掛けるのは金じゃねぇよ。こいつだ」
と言って褌の男は、金の代りに木札を渡して来た。
「ここじゃ、正面な掛けはできねぇが腕は磨ける。だからよ、ちょくちょく来るんだ」
男達に混じって掛け遊びと言う物を初めてした。
「これは、なかなか難しいなぁ」
「そうだろ?勿論本当に金掛けてりゃ、あんたは大損してたぜ」
「ところでお主、名は?」
「此所で聞くのはご法度だ、此所には事情ゆえ表に戻れなくなった人間の駆け込み寺なんだからよ」
と言うと男は集団の方に戻って行った。
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