一章

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美濃から尾張へ渡り、三河、駿河を経て信濃に着いた。 信濃は武田信玄(晴信)の領土である。 父の愚策に甲斐国志達との会合で、信虎を追放する事になり嫡男の晴信が跡目を継ぐ事になったのだ。 今もなお追手の影を気にして堂々と町中は歩けないが、刀を布で隠し杖の様に見せ旅人を装い国へ入った。 「すまぬ某、甲斐は初めてでな……。今日は祭りか?」 「えぇ、先代の信虎様が隠居してねぇ。その祝いで町興しさね」 農民にこんな事を言われるのは、相当酷い君主だったのかと思いながら人込みを避け近くの路地に向かった。 暫くは信濃に逗留しようと考え、一度も世話になった事の無い旅籠へ入った。 「何名かね?」 旅籠に入ると老女が出迎えてくれた。 「一人だ」 「はいはい、お一人様ですな。では、馬の間へどうぞ」 階段を上がって左に一番奥の馬の間は、一人で使うには広過ぎる部屋だった。 部屋の隅に刀を置いて、中央に大の字にころがった。 束の間の平和を感じて居た所へ、夕餉が運ばれて来た。
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