ソロコン

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高校生になって、合唱部に入部。本格的に声楽を始める。 一年目はノドがしまった濁った声しかでなかった。そのくせ高音はどこまでもカバーできてビブラートも自在な天性のテノールとしてまあそれなりに活躍した、と思っている。 なんとかノドのしまりが緩まないか…と悪戦苦闘しているとき、当時部長だった先輩がソロコンに出ると立候補した。候補者は他にいなかったので、出場は即決定である。 彼は長身、剛体でしゃべり声から理想的な最強のベーシストだった。 顧問の先生がよく言っていたことだが、どんなにいい声を持っていても、どれだけ高音や低音が出ても、ほとんどが声質的にはバリトンかメゾ・ソプラノである。本物のソプラノ・アルト・テノール・バスというのはかなり稀にしかいない。先生はとてつもない響きの声がF2からG4まで出るバケモノだったが、声質的にはバリトンであり、「本物の」バスやテノールに対して、少なからず嫉妬していたのだろう。 先輩は間違いなく「本物のバス」だった。当時のぼくは他人の歌声に優劣をつけるような能力は無かったが、彼ならば絶対に県大会では最優秀賞をかっさらってくるだろうと確信していた。それくらいいい声だったのである。 結果的に、ぼくの確信は現実のものとなった。 しかし、その先輩でも、四国大会では八人中七位に終わってしまった。 特別驚くことはなかった。ぼくは中学生のときは剣道をやっていて、この世には自分より強いやつがうようよいること、彼らのほとんどは血の汗が流れるような努力をして強さをモノにしていることをよく知っていたのだ。まして徳島県はレベルが低い。四国レベルでは太刀打ちできないことは明瞭だった。先輩自身も結果をよく受け入れていて、悔しさをかみしめるということは全くなく、ただこれからも真面目に精進するまでたと言っていた。 ここまでで、僕はソロコンの本番を見ることは無かったが、先輩の結果から大体の概要をつかんだ…つもりだった。
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