3.孤独な悪魔

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翌日になって昼頃まで寝ていたけど、ふと思い立って、父の墓参りに行こうと電車に飛び乗った。 父の墓はNYではなく父の生家の近くにある。ユダヤ人の母と結婚したために家を勘当された父だけど、祖父母は母に有無を言わせずにイギリスに墓を置いた。 父の葬式にも出ていない僕は、その後も、別に墓に魂が宿っているとも思えないから、墓参りなんて考えた事もなかった。 だけど、今日になって何故だか急に行ってみたいと思った。 それにしても、父の生家のある土地に行くのは十数年ぶりだ。 イギリスには仕事で何度も来ているので、行こうと思えば行けたのだけど、僕自身がそこには足を踏み入れたくなかった。 いや、恐らく祖父母も僕や母がそこに来るのを歓迎しなかっただろう。ユダヤ人への偏見は両親の結婚を反対した祖父母だけではなく、町全体にそういった空気が流れていたからだ。 いやいや、イギリスはユダヤ人を差別するようなバカな国ではない。ただ昔は、田舎町ではユダヤ人に限らず異国人は蔑視されていた。 また僕が世間から『神童』と言われていた事も、祖父母から嫌われる原因のひとつだった。 祖父母にとって、ヴァイオリンはユダヤ人やロマのものであって、それを弾きこなす僕は”ユダヤの血が流れる子供”という印象を強めた。 それに、子供の頃から僕が世界中で行ってきた数々の問題発言や問題行動は、マスコミを通じて祖父母に筒抜けのはずで、お堅い彼らがどんな思いでいるかは、火を見るより明らかだった。 記憶していた土地名と墓地名をインターネットで調べ、”行き方”のメモを見ながら、電車からバスに乗り換えようする。 ところが、バスが一時間に一本しか運行しておらず、やむなくタクシーに乗りこんだ。 青い空に緑の木々に土が見える。犬があくびをしている横で猫が気持ち良さそうに眠っている。昼下がりののどかな風景が目の前に広がる。 町中がセントラルパークだな。 心の中で悪態をついた。 だだっ広い駐車場にタクシーを待たせて、これまただだっ広い公園墓地に僕は足を踏み入れる。
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