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ところが、弾き始めて30秒も経っていない、対になっているテーマを弾き終えた途端に突風が吹く。
風と共に音が天空に巻き上げられ、僕は思わず肩を屈めて女王を胸に抱き寄せた。
風の音に、木々の葉が擦れ合う音。
そして『女王』の音の粒子が風に舞う。
「…。」
そして静寂が訪れた。
目を開けると、そこには元の平和な風景が広がっていて、ただ、ヴァイオリンケースが風に飛ばされて父の墓標に引っかかっていた。
ケースには、普段から楽譜をたくさん入れっぱなしにしているから、それが重石になって大して飛ばなかったんだ。
あぁ、でもこんな突風の吹く場所に、350グラムに満たない『女王』を裸で晒しておけない。
僕はそそくさと女王を片付ける。
そして、もう一度墓と向き合った。
ただボーっと、何を考えるわけでもなく墓を見る。
不思議に心地よくて、そう、まるでぬるま湯に浮かんでいるようで、人間としての思考が止まった感じだった。
「…。」
どれくらいの時間、そこにいたのかわからないけど、納得した僕は、何となく墓地公園の出口に向かって歩きはじめた。
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