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パガニーニの『無窮動』は、楽譜だけ見れば音の羅列だ。
そういえば、昨日観たテレビのインタビュアーもこの曲をぼろくそに言ってたな。
でも、音の曲線に命を吹き込むと、それは女の体のように美しい線になる事に気付いた。
そっと、そっと、軽い音でデリケートに曲線を描いていく。
まるで、白いキャンバスに特上の一線を描き込むがごとくに。
「…。」
一通り弾き終わる。
静かな中、人の気配がした。
後ろを振り向くと、スーツの背広とネクタイを手に持ったルドが、ぼーぜんと立っていた。
帰ってきたのか。
この惨状を見られたのはかなりマズイ。
でも僕は、反抗期の子供のように何も言わずにいた。
「これ、録音し直す?」
彼は呆然と言った。
「う、うん」
思わぬ言葉が返ってきて、素直に頷いてしまった。
「シャワーしてこい。」
呆れたように言う彼に、とりあえずもう一度「うん。」と頷くと、僕は『女王』を彼に預けてバスルームに入る。
それにしても、ルドはこれほどまでに“音楽バカ”だったんだとあらためて感心する。
このハーレムの残骸のような悲惨な状況でも、ヴァイオリンだけは確かな耳で聴いているのだ。
彼はまたもや、僕の変化を聴き逃さなかった。
何だか、これまで放っておかれたわだかまりがスッと消えた。
熱い湯を浴びながら、改めて刺激的な夜を思い出していたけれど、女で遊んだというよりも、僕が女たちに遊ばれていたような気もする。
それに何も心に残っているものがないどころか、体の快感の記憶すらいい加減で、自分がいつ、どういう状況でイッたのか、更には何回イッたのかすら覚えていない。
「…。」
やっぱりセックスは1対1でするもんだなぁと、妙に納得した。
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