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その後、女性たちには丁重に帰ってもらって、とにかく僕もレコーディングに行くために、ルドの運転する車に乗り込んだ。
でもどちらも話さない。
何となく気まずい空気が漂っている。
やはりルドは多少なりとも怒っているみたいだ。
謝った方がいいかな?
彼は日頃から僕の不摂生な女性関係を心配しているし、確かに今回はやり過ぎた。
でも僕の金で遊んだわけだし、ルドに直接的な迷惑はかけていない。
無言のまま、G社ロンドン支社に到着して、無言のまま社内の廊下を歩いていると、「ジム、こんにちは!ルド、今、面白いディスクを聴いてるんだ。来いよ。」と、通り掛かりのG社社員に呼びとめられた。
「ん?何の録音だ?」
ルドが答える。
「トーマスの息子が、駅でストリートしてるガキの演奏を録音してきたんだけど、おそろしく上手いんだ。」
「へ~。」
ルドは興味なさそうに返事をした。
「ジム・ブラッキンの再来かって、皆が騒いでる。」
G社の人はルドの反応が今ひとつなのを見て、僕の名前を出した。
駅でのパフォーマンス?
僕の再来?
思い当たるふしがあって「ヴァイオリンなの?」と尋ねたら、彼は「そうだ。それもパガニーニのカプリース全曲だぞ!」と言った。
僕だ。やばいっ。
社員は言う。
「ちょっとでも聴いてみなよ。ノーミスで弾いてるんだぜ!どこの学生だろうな~。」
「写真はないの?」
僕は冷や冷やと聞いた。
「音だけ。トーマスの息子はビジュアルには全く興味がないんだ。写真があれば探せるんだけどなぁ。」
よかった。
「へ~。ちょっくら聴いてみようかな。」
ルドが言った。
どうやら彼は、“ビジュアルに興味のない少年の録音”っていうのに惹かれたみたいだ。
音楽オタクは同類に反応する。
僕も聴いてみる事にした。
放火魔が放火現場に戻るのと同じ心境かもしれない。
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