3.孤独な悪魔

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その後、女性たちには丁重に帰ってもらって、とにかく僕もレコーディングに行くために、ルドの運転する車に乗り込んだ。 でもどちらも話さない。 何となく気まずい空気が漂っている。 やはりルドは多少なりとも怒っているみたいだ。 謝った方がいいかな? 彼は日頃から僕の不摂生な女性関係を心配しているし、確かに今回はやり過ぎた。 でも僕の金で遊んだわけだし、ルドに直接的な迷惑はかけていない。 無言のまま、G社ロンドン支社に到着して、無言のまま社内の廊下を歩いていると、「ジム、こんにちは!ルド、今、面白いディスクを聴いてるんだ。来いよ。」と、通り掛かりのG社社員に呼びとめられた。 「ん?何の録音だ?」 ルドが答える。 「トーマスの息子が、駅でストリートしてるガキの演奏を録音してきたんだけど、おそろしく上手いんだ。」 「へ~。」 ルドは興味なさそうに返事をした。 「ジム・ブラッキンの再来かって、皆が騒いでる。」 G社の人はルドの反応が今ひとつなのを見て、僕の名前を出した。 駅でのパフォーマンス? 僕の再来? 思い当たるふしがあって「ヴァイオリンなの?」と尋ねたら、彼は「そうだ。それもパガニーニのカプリース全曲だぞ!」と言った。 僕だ。やばいっ。 社員は言う。 「ちょっとでも聴いてみなよ。ノーミスで弾いてるんだぜ!どこの学生だろうな~。」 「写真はないの?」 僕は冷や冷やと聞いた。 「音だけ。トーマスの息子はビジュアルには全く興味がないんだ。写真があれば探せるんだけどなぁ。」 よかった。 「へ~。ちょっくら聴いてみようかな。」 ルドが言った。 どうやら彼は、“ビジュアルに興味のない少年の録音”っていうのに惹かれたみたいだ。 音楽オタクは同類に反応する。 僕も聴いてみる事にした。 放火魔が放火現場に戻るのと同じ心境かもしれない。
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