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スタジオで音出しをしていると、ギタリストのウィリーがG社ロンドン支社長とやって来て、僕にニコニコと挨拶をした。
今や支社長はウィリーの付き人のようになっている。
ルドも僕を放ってウィリーのところへ挨拶に行くし、プロデューサーに録音スタッフもそうだ。
ここまで差を付ける事はないよな。僕には「やぁ!」と言うだけなのに。
と思いながらも、『無窮動』をゆっくりと練習しはじめると、「また録音をし直すのかい?」とウィリーが不思議そうに言った。
「そうしたいですが、良いですか?」とヴァイオリンを顎からはずして言うと、「珍しいね、ジムが録音し直しを言ってくるなんて。」と支社長が言った。
『無窮動』はすでに二回録音しているから、支社長がウィリーに気を使っているのは目にも明らかだ。
でも、僕だって妥協したくないから、珍しく社長を挑発するように言う。
「もう少し良い演奏ができま…。」
「じゃ、『無窮動』テイクワンだな!」
僕が全てを言い終わらないうちに、チーフプロデューサーのミラーさんが声を上げた。
「ウィリーさん、よろしくお願いします。ジム、楽しみだよ!さぁさぁ録音だ!」
支社長やウィリーに有無を言わせずに、ミラーさんは意気揚揚と録音のスタンバイに向かう。
彼が細かいことを言わずに僕の意思を尊重してくれて、ちょっと嬉しくなった。ミラーさんは僕の言う“良い演奏”というのを録音したいと思ってくれたのだ。
そんな彼に倣って、他のスタッフも俄かに活気付いてきた。
スタスタとスタッフたちが歩き回る中、もう一度ゆっくりと音出しを始める。
僕を信じてくれたミラーさんのためにも頑張りたい。
ウィリーも、狐につままれたような表情をしていたけど、彼にとっては、『無窮動』はそんなにストレスのある曲ではなく、支社長に目配せすると大人しくスタンバイに入ってくれた。
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