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「テイクワン!」
スタジオにスタッフの声が響く。
『無窮動』が始まり、パガニーニの音が絶え間無く連なる。
それこそ、指の動きの速さを自慢しようが、ミスの無さを自慢しようが、パガニーニも誰も文句は言わないだろう。
でも、僕の『無窮動』は軽やかで絵画的だ。
音の羅列は、時には女の肌を転がる水滴のようだったり、また、あっちへ行ったりこっちへ来たりする女のきまぐれだったりする。
そして、それを眺めて楽しむ僕がいる。
弾きながら自然と笑みがこぼれてくる。
とてもお茶目でハッピーなパガニーニ。
一通り弾き終わって息をつくと、良い演奏ができた充足感でいっぱいになった。
ウィリーが言った。
「伝統よりも上質だね。」
一瞬、彼がどういうつもりで言ったのかわからずに、不安な顔をした僕に彼はもう一度言った。
「誉めたのだよ。」
彼は無表情だったけど、決して嫌な感じではなかった。
僕は素直な気持ちで会釈した。
そしてスピーカーからはミラーさんの弾んだ声が飛んでくる。
「こんなに生き生きした『無窮動』、初めて聞いたよ!」
僕は嬉しくて、ほころぶ顔を抑えきれず、ガッツポーズを決めた。
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