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まくしたてる僕に、ルドは困ったように自分の頬を掻いた。
「確かに皆、ウィリーに気を使ってたよ。」
「皆じゃなくて、君もだろ。」
「当たり前じゃないか。俺が一番気を使ってたさ。」
真正直に言われたので、返す言葉が見つからない。
「お前のこれまでの共演者たちは、皆イイ人ばかりだったんだ。大体、指揮者って人たちは神様かお釈迦様ってくらい人間ができてるんだよ。小難しいオーケストラのメンバー、わけのわからん要求をしてくる歌手、それに、自分の世界が一番のソリストたち。いつもそういうのをひっくるめて面倒見てるから、お前みたいな面白いのが来ても大丈夫だったんだ。」
僕は”面白い”のか?
「それにピアニストだって、これまでは伴奏を生業にしてるピアニストとの共演ばかりだったから大丈夫だったんだ。でも、ウィリーは違う。彼も神童から出発した生粋のソリストだ。誰が聴いてもお前の方が上手いなんて、あってはならない事なんだよっ!」
「…。」
「だから俺も皆も、ウィリーに気を使っていたんだ。誰よりも彼が一番わかっているんだからな。自分よりお前の方が上だって。お前も彼に譲歩しただろうけど、録音を止めなかった彼も紳士だったんだ。わかるだろ?」
「…。」
何だかうまく言い込められたような気がする。
憮然としている僕を知ってか知らずか、彼は言った。
「そうだ、リヒノフスキーを覚えてるだろ?」
ああ、小憎たらしい神童だ。
「彼のご指名で、バッハのダブルコンチェルトの仕事が入った。」
「え?」
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