お前に言われたくない

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「こんにちは」 私は店主に声をかける。 そこでやっと彼は客に気付いたようだった。 銀ぶちの眼鏡の奥から、ちらりと私を見る。 一重の、切長の目。 とても澄んでいるが、どこかうつろで空虚な感じを与える目だ。 先程私を見つめていたあの少女人形の硝子玉にも似ている、だけど。 似ていてどこかが違うのだ。ちら、と彼に視線を向けられただけで私は身のすくむような、しかし甘ったるい不思議な気持ちになる。 店主はああ、だかなんだか挨拶なのかどうかわからない声を出して、また作業に没頭し始めた。 彼は人形を柔らかそうな布で手入れしていた。 いつもの光景だ。 客をほっぽりだしてただずっと人形に触れている。 私は箱にひっかからないように注意しながら、いつものように彼の正面の椅子に座った。 「紅茶ください」 ここで売られているのは、紅茶だけである。こう呼ぶと腑に落ちないものがあるが、ここは喫茶店だ。 人形は売り物ではなく、全て店主のコレクションなのだ。 唯一の客席で、私は唯一のメニューを注文する。 「どうぞ、ご自由に」 店主はだるそうにちらりと自分の右奥を目で示した。 そこには簡易なキッチンがあって、乱雑にやかんとティーカップが置かれていた。客に注文されても全く動く気配はない。
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