影の手帳

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 すぐに、店主が凄まじい形相をしてレジカウンター越しに手を伸ばして朝長に襲いかかった。  右手には注射器を握っている。  朝長は、それを身軽によけて、右手で相手の右手首を握る。  左手で相手の右肘あたりを押さえて、右手を捻った。  店主は、レジカウンターに上半身を押さえ付けられた状況になった。  さらに朝長が相手の肘を曲げ上げたので、店主の右手は握力を失って注射器を落とした。 「島橋君、ハンカチか何かで注射器を拾ってくれ」  男がジタバタしているのを押さえながら、私に指示する。  焦りながらポケットからハンカチを取り出して注射器を摘み上げる。 「くそっ!」  店主は悪態をつき、バタバタと暴れる。 「観念しろ!小柴君、手錠だ!」  相手の肘をさらに上げる。これはかなり痛いはずだ。  掌が上を向き、無理矢理肘が上げられている状況なのだ。  さすがに、痛さで動けなくなったのか、大分静かになった。  荒い息をして、朝長を睨んでいる。小柴がすぐに手錠をかけた。 「俺に逮捕状は出ていない筈だ!これは不正逮捕じゃないのか!?」  私と朝長でカウンターの前に座らせても尚、観念せずに騒ぐ。まさに噛み付かんばかりだ。 「殺人未遂は現行犯逮捕出来るんだよ」  小柴が言うと、店主は幾らか黙った。小柴は店の外に出て、応援を呼びに言った。  私と朝長は、店主を睨みつけて、よからぬことを企まぬように監視していた。  一時間するとすぐに警察の一団が現われて、店主を連行していった。  私達はかなり感謝されたが、小柴の方はお叱りを受けたようだ。  朝長宅に帰る車の中で、小柴は延々と愚痴っていた。 「そういえば、なんで土産屋の店主が犯人だと分かったんだい?」  朝長の家でウィスキーを飲み交わしながら訊いた。小柴は捜査本部に戻っている。 「実は、あのトイレに仕掛けの跡があったんだ」 「仕掛け?」 「そう。被害者に毒を注射する仕掛けだ」 「一体何処に?」 「天井だ。天井にテープの貼った後があった。セロファンの片が残っていたのさ。  おそらく、事件の内容はこうだったろう」  朝長が述べたのは次のようなものだった。
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