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大分秋らしくなってきた10月6日、私と朝長はチェスを黙々としていた。
私は劣勢だったが、まだ勝てる余地はあると思う。
問題は、こっちがチェックをかけたときに朝長のキングの動く位置だ。
「むぅ…チェックだ」
さり気なくクイーンでチェックをかける。
朝長は無言でキングを動かした。期待通りの場所だ。
後は、ルークでキングをチェックにすれば、チェックメイトだ。
ルークを、キングの横2マス目に置く。
「チェックメイト」
朝長が言った。
私は、久し振りに朝長に勝てると思っていたが、朝長の言葉に眼と耳を疑った。
私がルークを動かした事で、キングが4方を味方のビショップとポーンに囲まれた状態になっていた。
後方3方は、場外なので抜けられない。
つまり、唯一の抜け道の先に敵の駒が入ったら、駒が周りにいるので逃げられないのだ。
ルークを戻しても、一手分しか延びない。
「…参った」
私は唇を噛みながら唸った。
「やはりチェスは人間とやるに限る。コンピュータは反応が無いから面白くない。
頭を整頓しながらやるんだから、一緒に眼を疲れさせる必要はない」
朝長が駒を片付けながら言う。
「うむ…ん?」
戸をドンドンと叩く者がある。
「来たな。問題刑事め。いい加減ベルを覚えろというんだ」
玄関に行ってドアを開けると、問題刑事の小柴が入ってきた。
「さぁ、今日はどんな難解な厄介事を持ち込んで来たんだい?」
朝長がチェス一式を片付けて肘掛け椅子に座り、足を組んでリラックスした。
「火事だ」
「火事?君達の範疇では無さそうだが」
朝長はテーブル上のパイプを吸い始めた。
「昨日の真っ昼間に、B町で起きた火事を知っているか?」
小柴が手帳を取り出す。
「うむ。その家の住人一人が死体で見つかったとか。
僕は特に殺人課の君が動くところでも無かろうと思っていたが」
「だが、不自然なんだ。どうもおかしい。
平日の真っ昼間に起きてない会社員がいるか?
それに、焼死体には逃げようとした感じもない」
「不自然と決め付ければそれまでだが、会社に病気と言って休暇にすれば昼まで寝ていられる。
焼死体に逃げようとした気配が無い。
というのは、火事で生じたCOガスが、寝ている間に大分体内に取り込まれたと考えればよい」
「それは、消防も言っていた」
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