勝負の手

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「もう一つの解釈もある。  確率は低いのだが、焼死体が昼間まで寝ていた理由は、自殺する為か、誰かに既に殺されていたか」 「自殺説は、うちの課で最有力候補だ。  だが、俺は他殺放火説をとる」 「ほう。根拠は?」 「刑事の勘だ」  この言葉に私は吹き出した。 「笑わせる。勘でものを言えば、僕でさえ犯人になりうるではないか」  朝長は笑ってこそいないが、眉をひそめていた。 「第6感は馬鹿にならないぜ。  うちの課に、北澤(きたざわ)っていう先輩がいたんだが、勘で犯人を当てた事が何度もあったぞ」 「それは、推理小説の素人読者の考え方と同じさ。  容疑者の中で、誰が犯人の確率が高いか大体の目方をつけとく。  当った件は、容疑者の中に犯人がいた例だろう。  まったく、大した楽天家刑事がいたものだ。  飽きれてものも言えないほどだ」  パイプをゆらゆらと上下させながら笑う。 「なるほど。確かに、誰が怪しいか薄々分かるもんなァ」  小柴は感心している。 「そんなことはいいや。火元は何処だい?」 「まだよくは分からないが、電気家具とか、ガス関係ではないらしい」 「ニュースでは、キッチンから出火したと報道していたが」 「確かに、燃えた順序はキッチンからだが、ガス関係でないというのが消防の見解だ」 「ふむ…。現場に行かない事には何とも言えないな。現場に入れてくれるか?」 「なんとかなるだろう。島橋も共に行こう。目の多い方が何かと都合がよい」  小柴が私の方を向いて言う。 「ゆこう」  私はすぐに頷いた。 「ゆこうかな」  朝長がパイプをテーブル上に置き、出掛ける準備を始めた。  白いカッターに黒色のズボン、黒の背広をジャケットのように着る。  カッターの第一ボタンを開けて黒いネクタイを襟にかけ、締めるのも億劫だという風に垂らした。  この男、出掛ける時は大体この格好だ。  黒一色な上、ネクタイもかけているだけで、背広はボタンをとめることがない。  そして、頭はボサボサなのだから、あまり世間の第一印象は良くない。  朝長の準備が済んでから小柴の車に乗り込んで、火事の現場に向かった。  現場には立ち入り禁止のテープが張り巡らされていた。  家は外見だけでも惨憺たるものであった。  窓は跡形も無く、炎が激しく吐き出されていた焦げ跡がある。
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