影の手帳

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「さっき言ったじゃないか」  小柴が心外だとばかりに言う。 「ゴンベエさんを捜さなきゃいけないっていうのは分かったが、よく聞いて無かったんだ」 「はぁ…。よく聞いとけよ」  で、小柴が掻い摘まんで話した内容は、次のようなものだった。  某年8月21日(丁度1週間前だ)の朝9時頃、行楽地として有名なA山の山頂(標高800メートルほど)。  そこにある展望台の男子トイレで、男の刺殺死体が見つかった。  身元調査をしたところ、ある新聞社の記者である事が分かった。名前は、高木 大和(たかぎ やまと)。  身長は169センチ、体重は52キロ。痩身である。年齢は31歳。 「高木か…企業の粗捜しが得意な記者だ。ある意味では恨まれやすい人物だ」  朝長によるとそういう人物らしい。これには小柴も頷いた。  服装は、黒のポロシャツに青のジーンズと軽装。  持ち物は、煙草が数本入った箱とライター、財布と身分証。  名刺入りのケース、ボールペンが数本、車と家の鍵。  財布の中には一万円札が数枚と小銭が幾らか、山頂にある土産屋のレシートと自動車の免許証。 「レシートには何を買ったって?」 「え~と、菓子パン3つとお茶。合わせて580円」 「ふむ。レシートは綺麗だったか?」 「あぁ。それがどうかしたか?」 「いや。で、買った物は何処に?」 「車の中だ。パンが一つ食べられ、お茶は3分の1程度飲まれていた」 「車に変わった事は?」 「ない」  監察医によると殺された推定時刻は、夜の8時頃。8時はあの山には殆ど誰もいなくなる。  いるのは、夜景を楽しむカップル位らしい。土産屋も6時には店仕舞いをしている。  従って、誰かが殺されたとしても、目撃者がいないので被疑者を特定するのが不可能だという。  それが大体の話だ。それを聞き終えてから、朝長が呆れ顔で幾らか質問した。 「凶器はなんだ?殺された状況は?何を目的に殺されたか見当はついているのか?」  当たり前の質問だ。 「凶器は刃渡り20センチほどのナイフみたいな刃物。  それで肋骨の隙間をグサリ、心臓を2突きくらい。  んで、首を落とそうとしたんだろうが、喉がかなり抉られていた」  それを想像するだけで相当吐き気を催した。 「ふむ。ナイフで首を切り落とすのは難儀だろうな。死因は出血多量か?」 「いや、監察医の診断書によると毒死らしい」
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