影の手帳

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「毒!ほう!なかなか面白いじゃないか。毒で死んでいるにも関わらず犯人は、被害者を刺したのか」 「面白いって、こっちは結構苦しかったんだぜ」 「それは悪かったな。毒は何を?」 「テトロドトキシンとか」 「テトロド…なんだって?」  小柴に尋ねたが、首を傾げただけだった。 「テトロドトキシン。略称TTX。  主にフグ毒として知られているが、アカハライモリもこの毒を持っている。  経口致死毒性は、青酸カリの数百倍。2、3ミリグラムが致死量。  鎮痛剤としても使われているらしい」 「詳しいな」 「僕が予想するに、この毒は、胃の中の食物から検出されたんではないだろう」 「その通りだ。始めは皆、喰ったパンに毒が仕込まれてたんだと考えていた。  だが、胃の中からは毒が析出されなかった」 「どういうことだ?」  フグ毒なんだから食べるもんだろう。 「注射だ。この毒は、口から胃に行くよりも、血中に直接注がれた方が反応が早い。  その反応の早さは、経口の百倍。即死に近かったろう」 「毒をうってからナイフで気が済むまで刺したのか。相当恨みをもってたんだな」  小柴がなるほどと頷く。 「そういう解釈でもいいが、僕は別の仮説を立てる」 「別の仮説?」 私は、小柴の言ったことに納得しながら朝長を見た。 「犯人は二人だという仮説だ」 「詳しく話せ」  小柴が険しい顔をして身を乗り出す。 「駄目だ。犯人を手中に入れてから話してやる。…今日は、現場に行く気は起きないな。  明日、殺人現場に行こう。裏付けと、犯人の特定を行いたい」  朝長は暫く窓にぶつかる雨を見ていたが、すぐにこちらの方を振り向いた。 「今夜は飲もうじゃないか。ウィスキーはどうかな?」 「いいね」  私は頷いた。 「む…」  小柴は唸って、迷っている。刑事であるという責任感が飲酒を躊躇させているのだろう。 「飲まないのかね、小柴君は」  朝長がこれみよがしにウィスキーをグラスに注いで小柴の前に置く。 「飲むさ」  酒という誘惑に勝てなかったようだ。朝長が目の前に置いたウィスキー入りのグラスを手にとった。 「では、飲もう」  朝長がグラスを掲げる。私も倣ってグラスを挙げる。 「うむ…?」  小柴もグラスを掲げようとしたが、携帯の着信に妨げられた。 「残念だよ。小柴君。また今度飲もう」  朝長が一口飲んで言った。
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