影の手帳

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「ったく、大した物も見つけない内に綺麗にしてしまうからな。  綺麗に洗っちゃうと僕が見つけられる手掛かりも少なくなるんだよ」  朝長は軽く愚痴をこぼして観察を始めた。  個室の中に入らずにその扉の前で腕を組んで中をきょろきょろと確認していく。  暫くすると、微笑を浮かべて一息ついた。 「観察はもう不要だ」  仮説が正しい事が分かったという事だ。 「犯人は誰なんだ?」 「土産屋に行ってパンを買おう」  またしても朝長は小柴を無視して男子トイレを出た。 「何を考えてるんだ?」  小柴がお手上げだとばかりに私に訊く。 「さぁ」  私も首を左右に振るしかなかった。  土産屋はトイレから20メートルほどだ。  夏らしく、『氷』と書かれた薄い板が店の入口に釘で打ち込まれていた。  店は、そこらのコンビニエンス・ストア位の大きさだ。だが、自動ドアではない。  空調は効いているが、いかにも土産屋といった内装だ。  コンクリートがむき出しで、陳列棚が幾らか並んでいる。  飲料もクーラー棚に一通り並び、行楽地の唯一の土産屋として重宝されているようだ。  レジカウンター横には、A山記念キーホルダーとかストラップが値段をマーカーで書いた箱に入れて売られていた。  レジにはガッシリと肉付きの良い人付き合いの良さそうな中年男が座って、私達を見ていた。  おそらく、この店の店長だろう。 「あそこで殺人事件が起きたらしいですね。お客はさっぱりでしょう?」  店主に朝長が語りかける。 「そうですな」  店主が低い声で返す。参っているらしく、笑いながら頭を掻く。 「話によると、刺されたらしいですね」 「らしいですな」  朝長の言葉に頷く。 「僕はそうは思っちゃあいませんけどね」 「ほう。ではどう考えておられる?」  店主が笑むのを止める。 「貴方が、その右手に持っている注射器で刺したのではないかと」  私達がえっ!?と、商品に向けていた眼を朝長に戻す。
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