第43話:筆箱の中には

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水面は太陽光を反射し、煌めく。そこまで立派ではない池がまるで、神秘の泉のように見えた。 家から5分ほどにあるここには、既に釣りを楽しむ先客がいた。こんな小さな池(私がかつてBと魚釣りに行った場所と同じです)に魚などいるのかとしばらく観察していると、釣り人より先に鴨らしき鳥が何かをくわえ、飲み込んだ。どうやら魚はいるようだ。 「ここに決ーめた!」 俺は持ってきたブルーシートを禿げかかった芝生の上に敷くと、スケッチブックを開いた。真っ白な画面がやけに眩しく感じる。この画用紙なら何だって上手に描けそうな気がした。 勉強も駄目、運動もからっきし。まぁ、親が心配して中学入学早々陸上部に入らされるんだけど、そんなことはこの時知り得るはずもなく。モテるわけでも、とりたててかっこいいわけでもない……って、ほっとけ。男は度胸なんだよ。 そんな俺でも、一つだけ取り柄があったんだ。小さい頃から絵が好きで、広告の裏、道路、壁、塀、黒板。スペースがあればどこにでも描いた。怒られて消させられたこともあったけど、そんなことでめげるほど絵に対する情熱は薄っぺらいもんじゃなかったんだ。 池にはいい感じに空と木々が映り込み、鏡のよう。かねてからこれを描くことを望んでいた俺は、筆箱から愛用していた4Bの鉛筆とねり消しをだそうと蓋を開けたのだが――
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