‐時‐

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   目を瞑れば思い出す彼女の表情。  怒った時は顔を真っ赤にして、眉をつり上げていた。  照れた時は頬を朱に染めて、うつ向いていた。  笑った時は一寸の隙もないほど可愛らしく、暖かかった。  そのせいか、兄を失った時の彼女は見ていられなかった。  そして兄を失った精神的な傷で、仮面を被ってしまった。  表情のない空っぽな人形を見ているようだった。  でも今は違うかもしれない。  俺は彼女の体を優しく揺する。  雪のように白い肌は、儚く、触れれば溶けてしまいそうだった。  彼女の瞼がゆっくりと開く。 「  、おはよう」  彼女の名前を呼び、微笑む。  そして俺は見た。  あれほど待ち望んだ、彼女の笑顔を。  明るくなる彼女の表情に、目頭が熱くなる。   「  ?  ……、  」  何度も彼女の名前を呼んだ。  身を起こした彼女は、俺の胸の中に飛び込んできた。  優しく抱き止める。  もう、この笑顔を失わないと誓って。  彼女が何かを言おうと、口を開いた。  でも、 ――「お兄ちゃん」  聞きたくなかった言葉だった。    ◇
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