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2008年、10月9日。
「ただいまー」
藍田嘉奈は、勢いよく玄関の戸を開け、帰宅を知らせる為に声を張り上げた。
しかし、家の奥からは、いつもあるはずの声は返ってこなかった。
「あっれー……いないのかな?…おばあちゃーん?」
同居人である祖母からの返事がいないことを不思議に思いながら、嘉奈は靴を脱ぎ、家の中へと上がった。
嘉奈の祖母は足を悪くしているので、外出することはまずなかった。この時間なら、寝ていることもない。
不審に思い、そのまま着替えもせずに祖母の部屋へと足を向けた。
「…おばあちゃん?いる?」
廊下と部屋を区切る襖の向こう側へと声をかけるが、やはり、返事は返ってこなかった。
今日はたまたま寝ているのかもしれない。
言い知れない不安感に、そんなことを思う。
しかし、祖母は厳格な女性であり、時間に正確すぎるあまり昼寝や仮眠というものをとろうとしないことを嘉奈は知っていた。思考は直ぐ様あり得ない、と結論付けられる。
そこで残ったのは、薄ら寒さを覚えるくらいの不気味さだった。
何かあったのかも。もし、倒れでもしていたら大変だ。
強張る意識に言い聞かせながら、恐る恐る手を伸ばし、襖を横にスライドさせた。
「おばあちゃ、ん…?」
頭に思い描いていた祖母が倒れている光景はそこにはなかった。
その代わりに、部屋の隅に置いてある鏡台の前に綺麗な姿勢で座っている祖母を見つけた。
近寄ろうとするも、その祖母に違和感を覚え、踏み止まる。
何かが、おかしかった。
何がおかしいのか言葉に出来ずもやもやとしたモノが胸の内でぐるぐると渦巻きだした。
祖母は鏡台に向かい、座っている。
しかし、肝心の鏡台の鏡の部分には、布がかけられていた。
違和感は、それだけではない。
「…寝てる、の…?」
祖母は、動かない。部屋が静かになり、沈黙が訪れる。
自分の心臓の音がやけに五月蝿く感じられた。
意味もなく緊張しているのか、息が微かに震えている。
「………おばあちゃん?」
返事は、なかった。
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