【葉緑の章】

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 微風が走る速さのせいか騒がしい。 私はそれを聞き入る余裕もなく、山に向かって駆けていた。 大輔がいるかどうかわからない。 でも、貴方はそこにいてくれる。 そう思って、走り続けた。 足が自然と大輔へと導いてくれるよう……。 無邪気に走り回ったあの頃の記憶を、私の体は記憶していたみたいで。 迷うことなく、山の入り口に入り、石が犇めく山道を苦にすることなく走り続けていた。 すると、あの日の記憶を甦らせるように川のせせらぎが聞こえ出す。 走る足が自然に止まり、ゆっくりと縁まで私を誘ってくれて。 川の向こう岸……。 小さく屈む姿に胸が踊り出して。 それが伝わったように顔を上げる貴方……。 私の存在に気づくと目を丸くして、驚いたように立ち上がる。 そして、私が小さく手を振れば、貴方は満面の笑みで手を振り、川に飛び込んでくれた。 もちろん、私も川に入って。 泳ぎがわからないから、川を歩くことしか出来なくて。 あの日のように勢いよく、水飛沫を上げながら貴方は私に向かって来てくれて。 近くまで来ると、顔を上げて私に歩み寄って来てくれた。 「久しぶり、マリア」 「あの! 申し訳ありませんでした! 私!」  全て言い切る前、目がぶれて……。  気づいたときには、大輔の胸の中に私はいた。 頭と背中に回された腕。 頭に触れる貴方の頬……。 川に浸かる足以外で貴方を感じると、私は目を閉じて身を委ねた。 ずっと、このときを待っていたから、嬉しくて。 この気持ちが何なのかわからないけど、幸せだった……。
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