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「何も特異なことじゃない」
お昼休み、パパは事務的な声で言った。
あの後すみれは研究所から出ようとし、当然セキュリティに止められて、仕方なく研究所で過ごしている。
ぼくは毎日すみれに会うけれど、すみれはついにぼくを完全に無視し始めてしまった。
そうされるのは‥‥辛いし悲しい。
「むしろ、至極自然なことだ」
「でもパパ‥‥嘘は吐いちゃいけないんでしょう?」
そのパパ自身の言葉は、メモリーの比較的深いところに記憶されている。
いわゆる道徳というものに含まれるのだろう。
「その通りだ。どんな嘘もいつかは‥‥破綻する」
パパの声色に、隠された、微かな痛みを見る。
――気のせい、かもしれない。
そのくらい微かな。
「しかしその崩壊までのわずかな時間が欲しいために、嘘を吐く」
「時間‥‥」
「いずれにせよ、あんなやり方で他者に繋がる認識を偽れば、自我が歪むからいけない」
混乱してきた。
すみれを解るのは、ぼくには難しすぎるのだろうか。
「自我が歪む‥‥」
「苦しむ、ということだよ」
――すみれは苦しんでいる。
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