シュテルンネーベル

2/3
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
   カラスがないている。ああ、こうやって、自分はおちていく。この、渦の中に、時の中に、穴の中に、おちていく。暗い空間の中で、膝を抱えてうずくまって、カラスの鳴く声を聞いた。ラッパみたいな、くるみが割れたみたいな、乾いた泣き声に、枯渇した自分の喉元を触り、声を出そうとして、止めた。暗闇に溶けていって、そして消えるだろう自らの声の末路に恐れをなした。自分はこの空間の中にひとりきりなのだった。この四角くて、無機質な空間には、自分ひとりだけなのだった。  こわい、とは思わない、さみしいとも、思わなかった。そこには虚無感しかない。なにも考えないことが、一番なのだと、いつしか悟っていた。    耳が生き物のように音をとらえてくる。私の意志に反して、聞きたくもないものを聞かせてくるのだ。このような耳は意志を持っているのに違いないと思う。私は自分の嫌いな音楽や、騒音として認識している音は聞きたくはない。人間の発する無駄話などは、濁声のカラスのようだと思う。くだらない授業だって、老化したカラスだ。カラスが敷き詰められた四角い空間で一日を過ごす。退屈でしかたがない。なにより、自分の声が一番嫌いだ。私の声こそが、老熟したカラスそのもの。周りのカラスよりも、一番の、濁った音色。鈍色、鉛色、墨色の声、なのだ。私は、声を出さないように、うつむく。最低な、カラスの大合唱、こんな空間、なくなればいい。チャイムだけが、美しい五線譜。  すべてが終わったら、一目散にその空間から逃げた。黒い門を出て、路地裏の音があふれている階段を駆け下り、そこに飛び込んだ。目の前にギターが飛び込んでくる。ピックがギターの弦をなぞるのを、なんとなく見ている。「茎、」とどこかから誰かが呼ぶ声がする。氷を割る音が聞こえてくる。叫び声と怒鳴り声と、携帯電話のバイブレーション、そこは全ての騒音で満たされているのだろう。照明が秒刻みで変わっていく中で、バーテンの発光ダイオードの光が網膜を刺激して、眩しくて、眉を顰める。光と音が混ざり合って化学反応する。眩暈、だ。ぐるぐると視界が歪んで回転しているのだ。光の束が、トビウオみたいに七色に飛び交って、騒音が五線譜を描いて水晶体に飛び込んでくる。ぱちぱちと火花が散った。  
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!