BOX1:ユキノ

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  「貴女は此処にいらした時、ご自分の事を"私"とおっしゃっていたのを覚えていらっしゃいますか?」   「え?」     あたしは自分の事を「私」とは呼ばない。     「……そうだったかな……」   「貴女は無意識のうちに自分に起きた悲劇から逃げようとして……失ったのですよ」     あたしを立たせながら、男は言った。     「何を?」   「貴女自身の身体を、失くされたんですよ」     ――あたし、自身、か。       「何も可笑しい事ではありませんよ。人は嫌なモノからは逃げようとするものです。 貴女のように辛い出来事ならば、自己防衛とも言えます……まぁ、亡くなっていらっしゃるので余り関係は無い気もしますが」     厭味か。 はぁ、と息をついて、改めて部屋を見回した。     ……真っ赤だ。   心なしか窓ガラスすら、うっすら赤みががって見える。     「あたし、成仏出来るのかな……」   「貴女が死を、その身に起きた惨劇を認めるのなら」     認めるも、何も。     あたしの喉にはお母さんが出刃包丁であけた、穴がある。 寂しいと呟いていたお母さんの記憶が、ある。         「……いかなくちゃ。お母さん、また寂しがってるといけないし」   「そうですね」     男は穏やかに笑った。  
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