追い風

6/6
前へ
/208ページ
次へ
「……お父さんって何なの?偉いの?」 お父さんがきょとんとした表情になり、何かを疑うような目で言った。 「…知らないのか?」 「うん」 「お父さんは、社長だ」 お父さんがため息を吐きながらやれやれといった顔をする。 ……お父さんが社長…? 「嘘」 「本当だ」 こんな広々としたビルの最上階貸し切れるわけだ… お父さんが仕事に出るとほぼ入れ代わりでイリーが男の人と部屋に入ってきた。 「真央、元気?クリフを連れて来たの」 「こんにちは、久しぶりだね」 クリフという男性の自分の方へ伸びる大きな手を握り久しぶり、と言う。 「彼が真央にどうしても話したいことがあるって」 「私に?」 クリフは軽く頷くと話し始めた。 「以前店に来てカットやビーズ刺繍をして貰ったことがあっただろう?あれはどうだったかな? 少しでも楽しんで貰えていたらの話なんだが、店で働かないか?」 ………『働く』…? 「急で申し訳ない。 もちろんこっちがいきなり言い出したことだからゆっくり考えて貰ったらいい。」 「構わないけど、どうして?」 私が言うとイリーが答えた。 「店の中でデザイナーは40人以上いるのにパターンナーやその手伝いを出来る人は7人しか居ないの。 私が産休をとったり赤ちゃんを育てるのに忙しくなった時、店がとても困るわ。 真央は少し楽しそうにやっていたように見えたし器用だからもしかしたら向いてるんじゃないかと思って。」 40人に対して、7人? 素人の私でも不足しているのが分かる。 「バイト感覚でいいから少し考えてみてくれないか?」 「…でも足手まといになったら……」 「最初は誰だって出来ないさ!」 「…分かった。考えてみるね」 イリーとクリフは顔を輝かせてありがとう!と言った。 今は他の事にも目を向ける時間が欲しい。 『パターンナー』。 ただ、確かに楽しかったしイリーに憧れた。 "やってみようかな" そんな考えが頭の中にある。 足手まといでもいいと、バイト感覚でいいと言われた。 でもきっとやるからには真剣にしないと本当にただの邪魔者になる。 冷え切ったフローリングが足の裏の温かさを奪っていった。
/208ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15968人が本棚に入れています
本棚に追加