黄昏時の家路🏠

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あれから、約一月がたった。 明日、アニバールへの使者が 出発する。ひとつは ロードカム公爵に宛てた詫び状。 もう一つは、王宮に宛てた 事情説明。いちおう、病気だと 押し通す方法もあったが これ以上の不義は許されない。 ナジェン国王の署名した 国書が、密かに渡されるのだ。 両王宮はもともとこの結婚に 熱心ではなかったので 問題なく受け入れられるだろう。 公式には、病気だとすでに 発表してあるので、メイは あれ以来ずっと部屋に 閉じこもっている。 本当は健康なので、退屈なこと この上ないがどうしようもない。 つれづれの慰めには 祈祷書を読む日々だ。 修道院に入るわけだから、 まともに読んだことがない というわけにはいかないだろう。 ときどき、はっとするような 言葉に出会うこともあったが 改めて信心を起こすには いたらない。まだ神を 信じきれないのかもしれない。 実際に修道院へ行のは 一年ほど先になるわけだから まあ、気長に読みすすめよう。 今、メイの手元には何通もの 手紙がある。兄の伯爵を通じて 密かに届けられたものだ。 こういう場合、署名はしないのが 一般的だが、この手紙は そんなことを気にするつもりは ないらしい。それどころか これみよがしに印章が押され めったに使わない正式署名が 長々とされている。よっぽど 形にこだわっているのだろう。 差出人は、ナジェン国 皇太子、ゾディオ・リード。 メイの幼なじみにして、 元・求婚者だ。 幼い頃は、いじわるな人だった。 二つも年上のくせに容赦がなくて 髪を引っ張ったり 虫をけしかけたり、 あらゆる悪戯をされた。 メイも決してされるがままの おとなしい子供ではなかったから 一度など、ひどく殴り付けた ことさえある。そのせいで 厳しく叱られたことを、 おぼろげに覚えている。 彼のひどくびっくりした顔も。 そんな皇太子もいつのまにか、 立派な貴公子になっていた。 はじめに届けられた手紙を 手に取り、文字に目を落とす。
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