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「…忙しい一日でしたね。
メイティーア様、
お疲れになったでしょう?」
緊張を、ふっと緩めて
レオナールは言った。
その声は甘く優しい。
そして、いかにも自然な動作で
ガウンを脱ぎ、寝台に腰掛ける。
二十二歳。余裕の演出だ。
「ええ…。でも、
いつまでそうお呼びに
なるつもりですの?」
挑戦されると後には引けない、
というのは、メイの
長所であり短所だ。
「えっ…?」
予想外の返答に、レオナールは
固まる。危うく余裕の仮面が
はがれそうになる。
その隙に、メイもぴょんと
寝台に飛び乗るようにする。
わざとお転婆娘として
振る舞うことで、自分の緊張を
蹴散らしているのかもしれない。
「…メイにしてくださいませ。
私たちはもう、
結婚しましたのよ?」
「それもそうですね。
…では、メイ様と」
「あら、様も結構でしてよ」
「ははっ…。では、
メイと呼びましょう」
「あと、他人行儀な敬語も
やめましょう。それから…」
「メイ」
いつのまにか、目の前に
レオナールの顔がある。
彼の手が頬に触れる。
そして、気付いたときには
唇が重ねられていた。
「俺のことは、
レオって呼んでくれよ。
…ほら?」
「…レオ」
ガウンが肩から滑り落ちる。
そのままそっと抱き寄せられる。
「待って。明かりを…」
覆いかぶさるように
近付いてきていたレオの顔が
いかにも楽しそうになる。
でも、見えたのはここまで。
蝋燭の灯は吹き消され、
辺りには闇が満ちる。
五十年も前に交わされた
約束に導かれて、この夜
正式な夫婦になった。
森に囲まれたフロラでは
春のこの時期でも
日が昇るのは遅い。
だから、若い二人は
邪魔するものもなく
初めての痛みと悦びを
味わい尽くせるだろう。
もっとも、カーテンの隙間から
射し込みはじめた朝日とて
この結びつきをほどくことは
できなかったろうが。
後のことは、
二人だけが知っている。
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