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熱海
白い砂浜に寄せては返す波音と塩の香りが漂う…
ここは静岡に在る熱海。
今度のCM撮影で広い海と砂浜を使う事になり、夏場の八月上旬に2泊3日の泊まり込みで来ていた。
「――で、話は解ったけどなんで俺まで?」
道路を走るワゴン車の中で不機嫌な顔で助手席の窓から風景を見ている泉は黒髪をなびかせて、自分の隣で運転中の人物に問い掛けた。
「せっかくの休みなんだし…泉は熱海なんて来たことないだろ?」
その人物は色素の薄い長い髪と整った顔にグラサンを掛けて、整えられた顔を前方に向けて、ハンドルを握っている。人気絶頂の歌手の南條晃司だ。
今から予約してある旅館に向かっていた。本当はホテルをとる予定だったが…部屋がない為に離れと館内の部屋をとったのだ。
もちろん、晃司は離れを選んだのは言うまでもない。見える。
「でも、大丈夫なのか? 俺が行っても騒ぎにならないか?」
晃司の姿を見ていた泉は、自分が来て大丈夫なのか?と心配になった。
「大丈夫…渋谷に話しといたからうまくやってるだろう…」
そんな泉に晃司はハンドルを操りながら、目の前に見えてきた和風の建物に向かって車を走らせる。
「着いたよ…」
駐車場に車を止めて降りた晃司は荷物を取り出しはじめた。
「旅館なんて初めてきた…なんか日本家屋って感じだなぁ…」
一方、泉は初めてみる旅館の建物に見とれていた。外見は木造の造りの壁に囲まれて門があり、そこから入れば本館があるのだろう。
「泉…いこうか…」
バタンっと車のドアを閉めて、荷物を持った晃司が泉に歩み寄って声を掛けた。二人分の着替えを入れてあるカバンを軽がると持ち、風に透き通るような色素の薄い髪をなびかせて長身の身体を持て余す姿は似合わない。
「そうだな…」
そんな晃司の姿に視線を向けた泉は、一旦止まったがすぐに歩きだした。
二人が泊まる部屋は本館から離れたところにある温泉付きの部屋だった。本館には渋谷や高坂と撮影スタッフが泊まるから部屋が離れになったのだ。
「すげぇ―っ…温泉までついて部屋なんてテレビでしか見たことなかった…」
仲居に案内されて部屋のなかに足を踏み入れた泉は、驚いた顔で見渡した。
「どう…気に入った?」
仲居が出ていくと、晃司は泉に近づいた。
撮影は明日からで今、ここには二人きりでいる。
チャンスだと思った晃司は、泉に手を伸ばした。
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