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つくりの良い室には上座に僧体の初老の男が一人。そして下座にはまだ少女と思しき麗しい姫が一人。
他には、誰も居ない。
ここは美濃。
そして、その領主である男の構える金華山の館だ。
一礼をした少女はそのまま頭を垂れたまま動かない。
ただ、その動きに遅れて髪が一筋はらりと床を撫でた。
「父上、あの話は……真実ですか?」
「む?どの話だ」
美濃の領主、斉藤道三は頭を下げたまま話を切り出した娘に鉄扇で顔を上げるように促して僅かに笑う。
娘といえども、若い女に変わりは無い。美麗な顔立ちを眺めながら道三は脇息にもたれた。
「近頃、噂になってございましょう?……わたくしの縁談のことでございます。
母から聞いたことによると、隣国といえど、あの……尾張の織田殿の元とか」
冷たいものの宿る瞳がまっすぐに父を見る。
それは、見るというより射るような目だ。
きりりとした眉が今は斜めに線を作っている。
そして、緊迫しつつある室内にホーホケキョと呑気な春の象徴のさえずりが響く。
「それは、真実だが……真実ではない」
「それは……?」
意味を図りかねて帰蝶は首を傾げる。さらりとそれにあわせて緑なす黒髪がたゆたい、密かに音を発する。
策士である父の意図の読めない言い回しは聞き慣れている。
しかし、だからといってそれを想像することが容易くなるというようなことは無い。
「父上、それはどういう?」
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