8人が本棚に入れています
本棚に追加
「帰蝶、そなたは嫁ぐが、嫁がぬ。
……解るか?」
「蝶、ですか……?」
帰蝶は迷いながらもそう道三に尋ねた。
蝶とは、身代わりを指す。
道三は口元を器用に片側だけ持ち上げて見せ、頷く。
それは、肯定だ。
「では、わたくしは……」
「安心せよ。それもひと時……いずれ蝶もここへ帰ってくる。
そうすれば今度は帰蝶、そなたが嫁ぐ」
「つまりは、蝶は蝶でも間諜……ということですね?」
「そうじゃ」
流石は我が娘、と道三は満足そうに頷いて鉄扇を閉じる。
バシリと鋭い音が響き渡る。
「お前の蝶は、忍ぶ者。……そして、滅する者でもある」
「つまりは、この婚儀は……」
帰蝶は口元を袖で覆いながら小さくそう口にした。
「信長殿を、……尾張を滅する蝮の策よ」
道三は笑う。
高らかなそれは、いささかも策に不安を抱いていない。
この世は混沌として乱れている。
しかし、だからこそ領主にまでなることが出来た。
次に狙うは、隣国の制覇。
そして天下統一の取っ掛かりだ。
笑う父親に帰蝶は頭を垂れた。
「どうした……」
「父上、その任……わたくしに任すことはお考えになりませぬか?」
「な、に?」
帰蝶は性急に言葉を紡ぐ。
「その娘、少なからずこの帰蝶とも、斉藤家とも関わる者であるのでしょう?」
最初のコメントを投稿しよう!