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「……帰蝶?」
呼ばれるままに帰蝶はゆっくりと顔を上げた。
ヒョウと道三は息を呑む。
そして上げられたかんばせにある冷たい光に手の甲を額に当てて冷や汗を拭う。
抜き身のような冷気をまとう娘に道三は間違いなく臆していた。
それは正に、蝮と揶揄される男の娘としてふさわしい目をしていた。
「わたくし、なんだかゆかしいのです。その娘……そして、信長殿も」
帰蝶は紅の刷かれた唇を弓月の形にして言う。
道三は考える。
画策を練り、何度も頷く。
「ならば、真実の嫁御はそなた……。その娘は、侍女としてそなたに仕えさせる。
名は……そう、吉乃だ」
「有難う存じます、父上」
その笑みに道三は迷った。
いまこの瞬間に判断を誤ったのではないかと。
しかし、もう遅い。
全てが動き始めていた。
もう、止められない。
はるか前よりこれは計画してきたことだ。もう、動いてしまったことにどうしようもない。
あとは、どう動くか……思い通りになるかと神のように黙って静観するのみ。
一礼の後、退出した帰蝶に道三はため息をつき、鶯の鳴き声を噛み締めるように聞いた。
「……どうしよう」
ぼんやりと外を眺めることしかやることの無い灯凪はぽつりと独り言をもらす。
その姿形は見違えるように変貌を遂げていた。
髪はもとよりある艶を増し、念入りに化粧
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