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「そうじゃ、帰蝶様の、な……」
「帰蝶さま?それが姫様のお名前か……」
じいはただ頷いた。
「しかし、じい。本当にこれくらいの任ならばなにも殺しばかりをやっている私でなくても……と、まさか?」
「そう、そのまさかじゃよ」
灯凪の声にじいは満足そうに白いあごひげに触って頷く。
「この任は表向きはそれこそ本当の奥侍女でも務まる。
だが、これは灯凪……お前にしか出来んことじゃて」
「てことは、尾張で……私は……」
「一度しか言わんからよう聞け、灯凪」
じいの目に鋭い光がともる。
それはかつてこの島国で忍びとして生きていた男を彷彿と思い起こさせるほどに強い。
「信長様を殺すのじゃ」
声を潜めて低くじいは灯凪に囁いた。ハッと灯凪も息を呑み、じいを見つめる。
「ど、どうして……」
「お前の問いなど無用じゃ。教えたであろう?忍ぶ者に心はいらぬと……」
「でもっ……」
灯凪はなにかを言いかけて、止まる。
そしてぐっと口を堅く閉じる。
言っても意味の無いことも、忍びたる自分が言ってはならないこともよく分かっていた。
「そう、それでよい……。お前はこういう道以外にももっとよき道があったであろうが、これも定め。帰蝶様と共謀し、成功した暁にはまた戻ってくるのじゃ。……よいな?」
「……分かった」
「違うであろう」
「分かりまして御座います」
形ばかり灯凪は礼をして口調を改める。どうしても直らない癖もこれからは気をつけなければならない。
これから狙うのはどこぞの町の乱暴者などではない。れっきとした、大名の嫡男。
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