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決して、姉の帰蝶と同じ立場には無い。
だから、灯凪はしっかりとじいを見据える。
そして、頭を下げる。
「……任務、承りました」
「今日より、灯凪の名はならぬ。吉乃と名乗るのじゃ」
灯凪は、否……吉乃は大きく頷いた。
その目は庭を見つめる。
長きに渡ってあったささやかな幸せは脆く崩れ去ったのだとしっかりと理解した。
時を同じくして、奥向きには二人の女の姿があった。
外の廊下にも端座して控えているものも居るが、誰も口を開かず華やかな談笑も聞こえはしない。
口を開き、女主人の逆鱗に触れることがあってはならない。
だから、貝のように堅く口を閉じている。
人形のように。
「姫様。御髪を梳きましょう」
「任す」
年の近い若い侍女頭が櫛を持って上座で脇息に寄りかかっている帰蝶に伺いを立てる。
じっと外を眺めていた帰蝶はふいと目線を一瞬だけ侍女頭に移し、身じろぎをして言葉少なに了承する。
最近の帰蝶は元々少ない口数が更に少ない。
ぼんやりと庭を眺めていたり、何をするでもなく扇を弄んでいることもある。
今も、もうずっと数刻も飽きずに空を眺めている。
その間に空の模様は変化し続ける。
雲ひとつ無い晴天だった空に今は黒雲が立ち込め始めている。
その主の心情を思ってか顔を曇らせてそっとため息をついた侍女頭は帰蝶の見ている空をつられて仰ぐ。
帰蝶はまるで睨みつけるように鋭い目で空を眺めていた。
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