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雨が近いかもしれないと侍女頭はぼんやりと考える。
「わたくしは、あの雲のようなもの……」
「 そして不意に独り言めいた声が響く。
「近く。わたくしは尾張へ、嫁ぐ……」
「ええ、姫様」
「そなたはわたくしについて尾張へ参って良いのか?」
「私は、姫に一生を捧げる所存で御座いますゆえ……。
姫様は……帰蝶様こそ、本当に殿のご命令に従って嫁いでよろしいのですか?」
先程より声を落として侍女頭は櫛を後ろ髪にあてがいながら囁く。
きっと、望まない縁談、輿入れに気鬱になり、胸のうちを悩ませているのだろうと。
主の代わりに侍女頭は顔をゆがめる。
「いいえ、そなたの思うところではない」
しかし、強がりにしてはやけにしっかりとした声が聞こえ、侍女頭ははっと帰蝶を見る。
「わたくしは、この輿入れが待ち遠しい。信長殿は、どのような御方か……」
ごく小さい声で、侍女頭にしか聞こえない声でそう言った帰蝶に侍女頭はえっ、と声に出しそうになる。
そして、帰蝶は櫛が止まり立ち上がる。白く細い指は黒雲を指した。
ごろごろと遠くから音が近付いている。雷鳴雲……で御座いますか?」
「そう。わたくしはあの黒雲のごとく尾張へ入る。災厄を、振り撒きに参るのよ」
婉然と笑う帰蝶の示す雲は恐らく美濃へ訪れる。
「ひめ、様……」
なにも言えず口をつぐんだ侍女頭はふと廊下に控える者に気付き、そちらを向く。
「用向きはなんですか?」
「姫に輿入れ前の挨拶にと申しております」
頭を垂れた取次ぎに帰蝶は頷いてみせる。
「すぐ、伺うとお言い」
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