1、始まりの文

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 傍へ更ににじり寄った灯凪の頭を撫でながら、灼景は低く、心地よい声で書を読み上げる。 「この書、灯凪に渡されたく候。灯凪、これよりは美濃国国主たる斉藤道三殿が娘帰蝶様へ仕え、姫と共に尾張の地へ行き、己が使命を果たされたく候。  ……つまりだな、お前は明日より一人。帰蝶様の警護をすることになる」 「帰蝶様の、警護」  幼子のように繰り返した灯凪へ言い含ませるように灼景はぽんと肩を叩いた。 「でも、何故斉藤家の姫様に警護が要るんだ?それに、何も私なんかが出て行かなくても、姫様に危害を加える輩なんかそうそういないだろう?」 「まぁ、な。お前は知らないだろうが、書にあった通り姫様は近々尾張の織田家に嫁がれる。だから、お前が必要なのだろうな」 「織田家に、嫁ぐ……」 「ほら、あの織田信長様だ。天下一のうつけ者、と名高いと噂の方だ」 「あぁあの……爺が面白いと言っていた殿様か」  灯凪は納得したように大きく頷いて灼景に同意した。  灯凪がかいつまんで聞いた織田の若殿の評というのは実に興味深いものだった。  腰に差したる刀は朱塗りの鞘に収まり、腰には様々なものを入れた袋が幾つも。身分の無い者の様に髪は適当に結っただけで、女物の小袖を着て農民の子らを連れ、そこいらを荒らし回っていたと言う。  それらは全く、仮にも一城を持つ殿様の振舞いらしからぬものばかりで周りの家臣も、果ては親兄弟からも疎まれていると聞いた。  灯凪も、灼景の祖父であり、忍頭でもある爺から聞いたときは、驚きただ、奇妙な殿様だと感心した。 「お前、死ぬなよ……」
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