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優しく黒い鞘を撫でた灯凪は、それを両手で大切そうに持つ。
「なら、私もお前に……」
灯凪は先程も大切な宝物として灼景に自慢していた紅い櫛をその眼前に差し出す。
「これを持っていてくれないか?」
「……でも」
美しいその櫛は灯凪の手にあるほうが綺麗だと灼景は首を振る。
だが、灯凪はその手に無理矢理櫛を押し込めた。
「灯凪……」
迷子になっている子供のような表情で灼景は困ったように名前を呼ぶ。
屈強な幼馴染の情けない顔に灯凪はつい笑みをもらした。
「いいから。お前の母様の形見ほど大切なものではないけど……不公平だから」
懐剣をぐっと握り締めて灯凪はためらいながら一歩、後ずさる。
思わず立ち上がりかけた灼景はつい手を伸ばして引き止めそうになる。
だけど、それは忍ぶものをまとめる自分のするべきことではない。
冷静に送ることも出来なければこの先、灯凪の約束すら守れなくなるだろう。
だからその手はぐっと拳を握り、耐える。
灯凪はその拳に自らの拳を軽くぶつける。
「また、いつか共に戦おう」
「あぁ精進を積んでおくさ」
それは誓い。
きっとそうなるのだと強く願う。
「灯凪殿」
潜んでいた人影に声をかけられて今度こそ灼景に背を向ける。
「じゃあ」
「あぁ、いつか……」
心が痛い。
離別は、初めてのことではない。だけれども、そのときのことを幼すぎて覚えていない
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