第三章

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『帰る』って言ったのか。…ううん、何でもない。…すまんがやっぱりさっき言ったことは守ってくれ。…ん、じゃあまた明日――」  受話器を置き、邦彦は椅子に深く腰をかけ直した。 「彼らのコアは無事だったそうだ。たぶん、必要なだけのコアは揃ったってコトだろう」  ジュリアは仕上げに入ろうとしている。  それもあまり先のことではないだろ。  考える時間はもう残り少ないに違いない。  そして、おそらくジュリアに残された時間も―― 「くそっ、爆薬の紛失事件なんて調べてる暇はないのに…」  邦彦は通信ログを追跡するためにマザーに繋いでいたパソコンを正規に終了もせず叩き付けるようにしてスイッチを切り、髪の毛をかきむしった。  その側に立ち尽くしたまま、マリアが握りしめた両手を胸にあて、悲痛な呟きを漏らす。 「ごめんなさい、ジュリア…もういいの…もういいから、何もしないで戻ってきて…」  青い瞳から涙が流れ落ちる。  床に広がった涙の跡を見て邦彦は立ち上がった。 「…心配することはないさ。ジュリアは必ず帰ってくる。それはマリアにもわかってるじゃないか」  邦彦はそう言ってマリアの肩を抱いた。 「……」  無言でマリアはうなずいた。  しかし、それがどのような形でなされるのかは二人にもわからなかった。  同時刻、CADOビル最上階。  照明はすでに落ち、常夜灯の明かりだけが床を緑に染めている。  屋上の駐機場に通じるドアが開け放たれ、風が吹き込んできているのに気が付き、近くを巡回していたボールはエレベーターの扉にもたれかかっている一人の少女にすり寄った。  肩に背負ったバックをかけ直し、振り向いた少女にプログラムされた警告を告げる。 《一般の方の入館は八時以降はご遠慮させていただいています。職員でしたらパスカードをCCDカメラに提示して――》  警告は少女がボールの頭上に手をかざした瞬間打ち切られた。  そして従順に上部のメンテナンスハッチを開放する。  少女は肩で息をしながら震える手で赤色のコアを指先でそっと触れる。  キーン、とわずかに振動したあと、ボールがSOCの要、マザーに少女の願いを伝える。  ほとんど間をおかずエレベーターが扉を開き、全ての階数を包み隠さず表示した。  迎え入れられた少女は地下二〇階へとその体を沈めて
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