…携帯電話

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もうさ、入学当初から俺の平穏は崩れ去った気がするんだよね。 桜なんて見てないで、とっとと学校に向かえば良かったんだ。 あーぁ、既に幸先悪ぃな… 入学式当日に貰った鍵を適当にポケットに突っ込み、廊下を歩く。 勿論、鍵は返すつもりで。 まだ人がまばらで、互いの部屋を行き来する生徒の姿が多く見られる。 ナルシストの部屋は4階。 二年生のフロアだ。 先輩ばかりの廊下を堂々と歩く気にもなれず、出来るだけ気配を殺して進んだ。 そうしてたどり着いた、一番奥の部屋。 プレートはないが、鍵の番号からしてここの部屋だろう。 妙な緊張感に抱かれつつ、俺はチャイムを鳴らした。 扉越しに無機質な音が聞こえた。 静かに扉が開く。 「来たな。とりあえず入れ。」 「いえ、特に用事もないのでここで結構です。鍵…」 「馬鹿かテメェは… 人目につくだろうが、蜂の巣にされてぇのか?」 なんだそりゃ。 グイっと腕を掴まれ、小さな決意虚しく俺はナルシストの部屋に入ってしまった。 「…帰りたいんですが」 「まぁ茶でも飲んでけ」 「聞いてねぇなこりゃ」 まいった。 長居するつもりは毛頭ないんですけど! やり取りの間にも、ナルシストは手際よく湯呑みにお茶を注いだ。 ……ますます帰りづらいんですけど… 「そこ、座れ」 そこ、と目配せられたのは俺の部屋にあるものより少し大きめのソファー。 ご丁寧にクッションまで置いてある。 昼の件でそれなりに警戒していたが、この様子じゃまだ同室者は帰ってきていないらしい。 いつ同室者が帰ってくるともわからない。 ……常識的に考えて、変な気は起こさないだろう。 うん、そう願いたい。 今日で何回目だかわからない覚悟を決めて、俺は靴を脱いだ。
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