…携帯電話

9/9
前へ
/86ページ
次へ
「…はい?」 「だから、なんでハヤブッチョを殴るなり蹴るなりしなかったのよ? 強気な準くんならやれそうっしょー」 うんうんと一人で頷く青柳先輩は、どうやら本当に不思議だったらしい。 「いや、一応先輩ですし…」 「そーぉ? 結構容赦ない感じするけど~」 俺は一体どう見えるんですか。 ていうか、『一応』って…否定してあげて下さいよ。 「…隼先輩に手を出したとして何になるんですか。 抵抗してみたところ、力は格段にあっちのほうが優勢でしたし… それに、もし殴れたとしても、後輩に殴られただなんてあの人のプライド傷つけるだけ。 目の敵にされるだなんて、とんでもない。」 「穏便に終えたかっただけですよ、俺は。」 「…ふーん」 そこで気付いた。 青柳先輩の様子がおかしい。 さっきのヘラヘラした口元が、一の字を作っていた。 「…それってさぁー、要するに面倒くさかったってこと?」 …なんてこった。 なかなかこの人、侮れない。 「…さぁ、どうなんでしょ。 あ、これ隼先輩に渡しておいて下さい。 それじゃ。」 …パタン これ以上は時間の無駄。 根掘り葉掘りの質問で、禄な会話にもならないだろう。 俺は先輩に背中を向けて部屋を出た。 ガチャッ 「ジュンジューン、また来てねーぇ」 …パタン ………ジュンジュンって、俺…? ふざけたネーミングセンスに、俺はパンダかと一人ごちながら長い廊下を歩いた。 このとき俺は重大なミスを犯していた。 そう、忘れていたのだ。 鍵を返したところで、俺の個人情報はまだヤツの手にあることを。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3890人が本棚に入れています
本棚に追加