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無造作に流れる空気がとても心地良い。この空気を色で表すなら“橙”、暖かく優しく私達を包み込んでくれる。
特に今この時間は丁度西日が射し込んできており、本当に私達をオレンジ色に染めている。
私はこの空間が好きだ。
何故だかゆっくりと流れる時間も、遠くからくぐもって聞こえる運動部のかけ声も、油絵の具の独特なオイルの匂いも、彼が、絵を描く様子も。
全てが現実から切り離されここら一体にフィルターがかかっているような、不思議な感じがする。
彼は、いつも無口だ。只々黙ってカンバスに向かい、絵の完成を知っているかのように澱むことなく、流れるように筆を運んでいる。
そんな時、話しかけることなど私はしない。彼の邪魔はしたくないし。
只、そばにいて、空や彼が絵を描く様子を眺めたりする。それだけ。
「…由香里。」
「んー?」
彼は時々思い出したかのように私の名前を呼ぶ。その声は今満ちている空気と同じように暖かく、静かで、そして優しい響きを持っていて私は好きだ。
自分の名前など呼ば慣れているのに他の誰が呼んでもこの響きは出ないのだろう不思議な、でも不快ではなく安心感すら感じる音。
この音が私をこの“非現実”な空間に存在していることを赦しているような気がして、この空間の一部ではなく“私”は“私”として此処に存在していることを再確認するのだ。
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