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カーテンの開けられたガラス窓から、眩い日差しが差し込む室内で――ひとりの少年が眠っていた。
真っ白なシーツに包まれたベッドの中で、彼はすやすやと寝息を立てている。ちなみに傍らに置かれたデジタル目覚まし時計(勿論アラームのボタンは止められている)の液晶には、午前十時二十七分と書いてあった。
つまるところ、この少年は低血圧なのである。
以前にした大切な女性とのデートの時は、緊張の糸が張っていたせいかむしろ眠れなかったのだが……昨日海水浴なんてしていたものだから、身体は疲れていて余計に起きようなどという気持ちには駆られない。
という訳で、相変わらず彼はシーツを被って手足を丸め、むしろ暑くないのかという格好で熟睡中だ。
そんなとき、ふいにパタパタと廊下を小走りするような音がした。
それから、コンコンコン、というノックの音。勿論少年は答えない。
すると、ゆっくりと漆の塗られた木製のドアが開く。隙間から顔を出したのは黒い髪の少女だった。
「やっぱり……昨日、疲れてたからかな」
少女はそう呟くと、また足音を立てないようにそっと少年の元へ歩み寄る。
ちなみに彼女の名前は月影深澄(ツキカゲミスミ)という。艶のある真っ直ぐな黒髪を背中の半ばより少し上まで伸ばし、大きな目も漆黒だった。
結構な美人であるが、取り巻いている神秘的な雰囲気のせいか近寄りがたい印象を与える。
とはいえ本質は意地っ張りで、実は臆病かつ家庭的な女の子だ。
「ていうか、起こしに来て良かったのかな……うーん。まあいいや、皆守くん、朝だよー」
悩ましげに小首を傾げたあと、深澄はとりあえず熟睡中の少年に手を伸ばし、トントンと肩を叩いた。
だが応答はない。
「……完全に睡眠モードかい。今何時だと思ってんのよ」
呆れると、今度は肩を掴んで揺さぶり始める。
「朝だよ朝!一緒に施設行くんでしょー。皆守くん、いい加減起きてってば」
「ぅう……ん」
何度も何度も容赦なく揺さぶりかましたあと、やっと少年が返事をした。まばらに開いた深緑の目をしょぼしょぼさせ、深澄を見つめる。
「……どちら様ですか」
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