265人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい。いいですよ」
と、彼女はなんと迷いもなく私の言葉に快く了承してくれたのだ。
「えっ。でも、お仕事忙しくありません?」
「大丈夫ですよ。平日はお客さん、そんなに多くないですから。それに公平さんのことは私も心配していたんです。いきなり仕事を辞めたうえ、失踪したと警察に聞いた時は私、もう驚いちゃって」
と、彼女は寂しげな顔で私に訴えてきた。
「あの、失礼ですが、お名前の方は?」
「佐藤奈美です」
「佐藤さんですね」
「いえ、奈美でいいですよ。苗字で呼ばれても私、ピンとこないんです。佐藤って苗字この職場にはたくさんいますから」
「わかりました。では、奈美さん。改めてお訊きしますが……公平さんはどんな感じの人でしたか?人に恨みを買うような悪い噂とかありませんでした?」
「とんでもありません! その反対で、公平さんほど好かれていた人はいませんよ。私が入社したばかりの時も、とても優しく教えてくれて……異性同性どっちにも好かれるような優しい人でした」
と、奈美は自信満々に私の言うことを完全否定した。
「公平さんが仕事を辞めたのは、いつ頃です?」
「もう、半年前になりますよ。正確にいうと、七月十五日です」
「七月十五日ですね」
私は言われた通りのことを手帳に書き込む。正確な日付まで、詳しく言ってくれるのはこちらとしても助かる。
だけど、返ってその正確さが怪しく思えた。
「あの、こういうことを訊くのは失礼かもしれませんが……公平さんとは親しいご関係で?」
「……はい。一応、そういうことになりますね」
奈美はちょっと照れ臭そうに笑う。
私にはその照れ笑いがなにを意味するのかわからなかったが、しかし、再び追求する気にはなれなかった。
「えっと、では……」
私は続けて、次の質問をしようと口を開けた時「佐藤君。どうしたんだい?」と、横から間を挟む形で、四十代くらいの男性が入ってきた。
目が細く、体格も細い、こちらも同様、人が良さそうな印象が顔ににじみでている。
「あっ、山本さん。こちら、探偵の宇都宮さん。失踪した公平さんについて、調べているそうですよ」
最初のコメントを投稿しよう!