265人が本棚に入れています
本棚に追加
奈美の紹介を通して、私はそのまま「どうも」と相手に軽く会釈をすると、男は探偵である私に避けるわけでもなく、平常心の営業スマイルを輝かせていた。
「これはどうも。探偵の宇都宮さんですか」
「はい。よろしければ、どうぞ」
ホテル関係者の人だろう。そう、判断したうえで私は男にも名詞を渡す。
「あっ、これは御丁寧にありがとうございます。私、今ちょっと名詞を切らしていまして差し上げることはできませんが、このプレスタンツァホテルのフロント支配人を務めさせてもらっています、山本進(やまもと すすむ)といいます」
フロント支配人。
これは偶然にも良いところに出てきてくれた。これで「責任者を呼べ」っていう手間がはぶけたわけだ。
私はこのチャンスを逃すまいと、素早く視点を山本の方へと移した。
「あの、恐縮ですが山本さん。あなたにも何点かお訊きしてよろしいですか? 時間はそんなにお取りしません。忙しいようでしたら、都合のいい時間に改めてお伺いしますが」
「ええ、別に構いませんよ。半年前もここに警察が来て、私にいろいろ訊いてきましたから」
「すいません。二度も嫌な思いをさせてしまい」
「いえいえ、嫌味を言っているわけではありません。姫田君は辞めた今でも、私達スタッフにとって大事な仲間だったことには変わりありませんから。ですから、私も宇都宮さんの捜査には快くご協力いたしますよ」
と、ニコニコと微笑む山本に私は安堵とする。実際は心の底で、いい迷惑な奴だと思っているかもしれないが、表面上だけでも笑みを振る舞ってもらえるとこっちも悪い気持ちにはならない。私はすぐ「ありがとうございます」と礼を言ってから、山本に訊き込みを始めた。
最初のコメントを投稿しよう!