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と、同情されることを嫌がるように海夢は、特に口癖である語尾の「違う?」という部分を訴えかけるような眼差しを向ける。
私は受け流すことなく「そうだね」と肯定し、煙草一本取り出して、口に咥えた。「ふぅ」と吐き出した煙が、ゆっくり事務所の天井に立ち昇っていくのをふと見上げる。
「真次。いつも煙草ばっかり、吸ってるでしょ」
「なんで?」
「天井黒く汚いもん。そういえば、さっき通った部屋も結構、汚かったよ」
同じように顔を見上げた海夢が、いきなり突拍子もない指摘をされる。
あの部屋は応接間に行く際、横切るだけの部屋なのに、女性というのは細かいところにも気付くものだ。だとしても、それをわざわざ口にするのは、かなり失礼なことには変わりないが。
「真次って、助手とかいないの? 結構もうかってんでしょ」
あげくの果てには、人のプライベートのことまで口にしてくる。困った奴だと内心思いつつ、私は溜息と煙を一緒に吐きだす。
「あまり、馴れ合いは好きじゃない。忙しいのは確かだが、正直雇ったところでうまくやっていく自信がないんだ」
「ふぅーん。なんか、寂しいね」
「そうでもないさ」
「でも、やっぱり一人よりは二人の方が暖かいよ。誰か助手でも雇ったら?」
「ああ。気が向いたら、そうするよ」
「一応言っておくけど、私を狙ってもダメだよ。もう、内定もらっちゃったからさ」
と、海夢は一人自慢げに笑う。
「それは残念だ」
私もそこは適当に促しておいた。
「とにかく、後はこっちで詳しく調べることにするから。なにかわかったら、また連絡するよ」
これ以上、話していても時間の無駄だなと判断した私は、すぐにその場を立ち上がる。
そして、一応、手帳には連絡先として海夢の携帯番号を訊き、それをメモっておくことにした。
「それじゃ、私は帰るけど。一日でも早くお兄ちゃんを見つけてね。よろしく頼むよ、真次」
ソファーから立ち上がると海夢は満足そうな笑顔で、私の肩を叩き、最後は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、探偵事務所を出ていくのであった。
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