思考停止

4/7
前へ
/152ページ
次へ
「お待たせ致しました」 さばさばとした口調。 自身の名前と所属している科の名前を告げ私の目を見る。 とりあえず聞こう。 聞かなければ何も進まない。 それまで抱いていた恐怖と焦りをひとまず振り払った。 「単刀直入に申し上げますと」 きた。単刀直入とはよく言ったものだ。 鋭利なナイフが突き刺さってくるような的確な表現だ。 「息子さんは低血糖症と思われます」 低血糖症?なんだそれ。 「発症した過程はまだ判断がつきませんが、おそらくそうと思われます」 過程なんてどうでもいい。その場はそう思っていた。ともかく風邪のように直ぐに治るものであればいいからだ。 「それは直ぐに治るものなんですか」 少し期待を込めて、軽いものであって欲しい、心からそう思った。 しかし、医者からでた言葉は、私の頭から「思考」というものを奪い去るものであった。 「残念ですが、無理です」 「様子を見るために最低2週間。容態によればそれ以上を覚悟してください」 「入院の手続きを済ませておいてください」 「保険証はお持ちですか」 「ご主人の会社様の方で、早めに手続きしておいて下さい」 「念のため先天性の病気の検査等を行いますので、ご主人様のご署名をこちらへお願いします」 淡々とした話し方だった。 こちらから質問することもできずただ頷くのみ。 そして、 「何かわからないところやお聞きになりたいことはありますか」 いやいや、 聞きたいことだらけです。 なのに質問が出てこない。 怯えている? 現実を。 怖い? 現実が。 あのドキュメンタリー番組が頭の中にフラッシュバックしてきた。 「あ…あの、この病気は稀な病気なのですか?」 少し顔をしかめながら医師は放った言葉は 「10万人に1人と言われています」 完全に思考が停止していた。
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

637人が本棚に入れています
本棚に追加