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君の特別な人は、もう遠く遠く、君の知らない場所に居るのでしょう?
ーええ、そうなの。私はそれが悲しくて悲しくてね、。最後の言葉さえ、あの海の水面に置いてきてしまったの。
流されちゃったって事ですか?
ーうーん…ちょっとだけ違うわね。
…そうね、。だから私は行くの。
思 い 出 は 彼 方 に
……………………………
「あ、リナリー」
朝早くの第二美術室、少しだけ開けられていた扉の向こう側に、僕はさらさらと光る長い黒髪をした少女を見つけた。
「おはよう、アレン君」
眩しい木漏れ日が差し込むその部屋で、彼女は優しくにっこりと笑った。
「…課題ですか?」
先端にあか色の絵の具 が付いた筆を持ち、彼女は自身よりも大きなサイズのキャンバスと向かい合わせの体制で座っていた。
「ああ、これね。今度のー…ほら、海を題材にした絵画のコンクール あったじゃない、?」
ああ、僕が頷くと彼女は何かを言おうとしたが、口を開いたところで言葉をつむぐのをやめた。
言葉を呑んだ彼女は、苦笑いをしながら、
「とりあえず、入ってきたら?」
と言った。
僕は苦笑いでさえ眩しい彼女に少し戸惑った。だけれど僕は、木漏れ日が眩しい部屋の中へと、足を踏み入れたのだった。
…………
「アレン君は… 好きな人、とか居るの?」
「え、?どうしたんですか急に」
私がそう問いかけると、アレン君は少しばかり驚いた様子でこちらを見た。
「んー…別に居ませんけど。リナリーは、好きな人居るんですか?」
私は止まったままだった筆を、いったん水入れの中へと戻し、赤い絵の具を(パレットに出そうとしたのだけれど、あまりに面積がせまかったので、)絵皿に沢山入れた。(入れたと言うよりは、盛ったと言う表現の方が的確なのかも知れない。)
「ええ」
数十秒の沈黙を、私は私の短い返事で破った。
「…誰なんですか?」
この大学の人?あ、いや、言いたくなければ別にいいんですけど…。
アレン君が息つく間もなくまくし立てる。
私は少しばかり窓の向こうを見つめた後、
「言いたく無い訳じゃないんだけどね、…今はちょっと無理ね。」
と、ため息混じりに返事をした。
そうですかとアレン君が応えた後、またしばらくの間沈黙が続いた。
……………………………
真夏を翔るウィンドウ、夜に浮かぶ見えない月、
足音聴こえる階段へと、
…思い出は彼方に
Ⅰ 日差しが差し込む夜明けの合図
私は行くわ。
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